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会社概要COMPANY

商号
株式会社近藤海事
代表者
代表取締役社長 石井秀夫
本社
〒808-0027
北九州市若松区北湊町3番24号

→アクセス
TEL. 093-761-1111
FAX. 093-761-1001
資本金
7,500万円
創業
明治37年5月
業務内容

サルベージ事業
・ 起重機船による重量物荷役
・ 海上輸送 (内航運送事業  運A第0206号)
       (貨物運送取扱事業 九W運第0453号)
・ 曳航     (内航・外航)
・ 港湾土木工事  特定建設業 第10212号
・ 橋梁架設
・ 大型特殊船入出港作業
・ 警戒船業務
・ 船舶解体作業
・ 各種水中作業
    (水中検査事業所承認 
    ((一財)日本海事協会))
・ 産業廃棄物海上輸送
    (福岡県   ・収集運搬・第04000016377号)
    (山口県   ・収集運搬・第03500016377号)
    (川崎市   ・収集運搬・第5700016377号  )
    (東京都   ・収集運搬・第13-10-016377号)
    (長崎県   ・収集運搬・第04200016377号)
・ 旅客船舶運送業
・ 鋼構造物工事に伴う建設工事の請負
・上記に関連付帯する事業

所属団体
・(一社)日本海上起重技術協会(九州支部長)
・ 北九州商工会議所(監事、海運港湾・貿易部会 部会長)
・ 日本サルベージ協会(理事)
・(公社)日本海難防止協会
・(公社)西部海難防止協会(理事)
・(公財)海上保安協会洞海支部(副支部長)
・ 西部地区海務協議会(副会長)
・ 関門 ・ 宇部海域油災害対策協議会(委員)
・ 北九州港湾建設協会
・(一社)北九州港振興協会
・ 日本沿岸曳船海運組合(台船委員)

沿革

明治37年
福岡県若松の地において《近藤組》として創業
大正14年
福岡県沿岸にて座礁・放置されていた戦艦「ゲネラル・アドミラル・アプラクシン」(排水量4,800屯)を弊社にて現場より撤去、解体、これをもって《近藤組》海事部門の創立とす。
当戦艦は日本海海戦(明治38年5月27日・28日)の戦勝品として旧日本海軍にて稼働していたものである
昭和12年
船舶の浮上・撤去・解体・クレーン船の作業技術をもとに海難救助部門を、そして沿岸荷役部門をも併せて開設する。
昭和19年
海難救助部隊として軍に徴用され代表者を含む全社員、船舶、資材共に呉港へ移動する。
昭和20年
終戦とともに徴用解除となり若松へ戻る。
昭和21年
社名を近藤海事工業所へ変更当時日本最大の400屯吊り双胴型クレーン船「よろず丸」を建造、関門・洞海湾で触雷により沈没した二百数十隻の船舶を無償にて撤去、開港に貢献する。
昭和38年
八幡製鐵株式会社よりクレーン船による重量物荷役指定業者の指名を受けるとともに、海上土木工事等着々とその地盤を固める
昭和43年
デッキバージによる海上輸送及びオーシャンタグボートによる曳航部門を開設。
昭和44年
株式会社近藤海事工業所に組織変更。
オーシャンタグボート部門の拡充を計り、海外にも進出
昭和50年
社名を株式会社近藤海事に変更。
海底油田建設用の超大型プラントの海上輸送及び工事に従事、総合海事会社として経営規模の拡大を図る。
昭和59年〜平成8年
国家プロジェクト白島備蓄基地の建設工事では、総合海事会社としての専門的技術を発揮し世界有数の巨大タンカーを曳航するなど大きく寄与した。
平成9年
最新鋭の海難救助船兼アンカーハンドリング船である”韋駄天”を建造し、海外事業部門へ新たに進出する。
平成22年3月
調査業務船兼海難救助船”風神”を購入し、新たな分野へ進出する。
平成26年7月
緊急の海難救助に対応し、更に日本近海における海洋資源開発・調査業務にも対応するため、充実した居住設備と作業甲板を有した多目的海難救助船兼曳船 “雷神” を建造。
平成28年11月
498総トン型貨物船 ”恵運丸” を建造する。

バナースペース

株式会社近藤海事

[本社]
〒808-0027
北九州市若松区北湊町3番24号

TEL 093-761-1111
FAX 093-761-1001

[東京支店]
〒103-0001
東京都中央区日本橋小伝馬町
16番5号
新日本橋長岡ビル9階

TEL 03-5641-2765
FAX 03-5641-2795